『夫婦茶碗』町田康

すばらしい。おもしろい。

・・・最初は実に調子がよかった。一回だけ音合わせをし、とにかくライブをやろう、ってんで高円寺にあるライブハウスで初ライブをやった。曲なんかねぇので、既成曲、それもなるべく簡単な、ジョニー・Ｂ・グッド、なんかに、「逸物（いちもつ）ふざけたニューオーリンズ、腹這い野郎が毎日、くだけた土鍋で鍋物、八百屋のねぇちゃん不細工、白菜ばかりが能じゃねぇ、死ぬまで河豚（ふぐ）を食いまくる、ゴーゴー（テッチリリ）ゴージョニーゴーゴー（テッチリリ）」といった出鱈目な詩をつけて歌い・・・・

・・・ふとであるが、ＳＭうどん、という事を思いついたのである。ＳＭうどん。・・・すなわち、ハイヒールを履き、ぴったりした黒い牛革のスーツを着たパートのおばはんが、暖簾をくぐるやいなや・・・「ほらほら、きつねだよ。葱（ねぎ）が入ってんだよ。油揚げが柔らかく煮てあるよ」と言い、おずおずと割り箸に手を伸ばす客を、「誰が食っていいっつったんだよ」と叱りつつ鞭で殴り、「ひいいいいいっ」と泣く客に、今度は一転、甘く優しい声で、「おまえ、きつねが食べたいのかい？」と訊き、「はい。食べさせて下さい」と懇願する客に、「じゃあ、お食べ」と気だるく投げやりな口調で言う。・・・

夫婦茶碗 (新潮文庫)